心臓病であるということ
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病ですぐに死ぬ命だった。
手術に成功したが、同期と呼べる患者は死んでしまった。
いわゆる「成功例」だ。
貴重なデータの一人である。
かつては、何の目標もなかった。
どうせ数十年毎に一度手術がある。
手術に二回耐えきった。
しかも、一つは大人になってからだ。
「この世界を見続けたい」と考えて手術に挑んだ。
どんなに自分に厳しい世界でも、見続ける義務はある。
治る病は治す、治らない病は利用する。
それが甘えに見えるなら、そいつらの頭がおかしい。
世界は厳しい。
なぜか年金の範囲内にないのだ。
年金がもらえたなら、今頃楽できた。
「障害者は全員年金をもらえる」前提で話かけてくる輩が多いが、基準値を満たしていない。
完璧すぎたのだ、手術が。
健常者に恨みや妬みがあるかといえば、そうでもない。
彼らを越えることが、目標だからだ。
上には上にはがいる。
だからこそ、その上を病とともに越えたい。
いつの間にか難病指定されていた我が病気。
病の有無が、思想の分かれ目であることは、往々にしてある。
この病と決別できたらと思う事はよくある。
しかし、病は壁ではない。
この先、何があろうと、病は、必ずついてくる。